10/27/2017

[biz] iPhoneXの顔認証の精度を巡ってAppleと下請けが混乱中?

お披露目デモで盛大に失敗したり、ローンチに台数を用意できないだとか、流石に高すぎるだとか、発売前から色々とケチがついてる感じのiPhoneXですけれども、また妙な話が流れているようです。

何かというと、iPhoneXの生産が大幅に遅れており、出荷台数が当初予定の半分以下と非常に少なくなるだろう事は周知の通りですが、この遅れの主たる原因とされるFaceIDのセンサについて、十分な個数を確保するため、認証精度の低下を容認した、というのです。Appleは即座に否定していますが、部品メーカーからのリークのようですし、部品の品質に関する何らかの妥協がなされた可能性は高いでしょう。

Appleが否定している事もあって、当然公式の説明はなく、具体的なところは不明です。FaceID用センサのうちどの部分、部品が問題なのか、その詳細もまた不明ですが、初投入となる3D形状センサ周りである事は殆ど確実でしょう。

ですが、これは奇妙な話です。

というのも、生産の歩留まりを上げるために品質の閾値を下げる、というのは確かに一見ありそうな話に聞こえますが、こと生体認証に関する限り、どうにも不自然なのですね。そう簡単に調整出来るものではないのです。

まず前提として、データを取得するためのセンサには、その形状や感度等の特性に個体差が生じます。で、それによって計測値にも個体毎に異なる歪みや位置ズレ、値の大きさ等様々なばらつきが生じます。対して、照合を行うソフトウェア部分は同一です。このため、認証のような、データの一致性を検証する処理においては、照合の前処理としてそれらの計測データのばらつきを除去する必要があります。でないと、照合処理が想定する入力データではない以上、正常に認証出来なくなってしまうからです。生体認証のような、データの精度にシビアな処理、しかも素子数が多くばらつきもそれだけ大きく生じ得るこの種のデバイスを用いるのであれば、その必要性はなおさらでしょう。

このばらつき除去には、一般にキャリブレーション、すなわち製造時に個体毎の特性をあらかじめ計測してパラメータとして各個体に記録しておき、照合時の前にそれを用いて計測データを補正する処理を入れる方法が用いられます。

補正の方法は、データの計測方法やデバイスの構成毎に異なり、当然その難易度や補正の効果の程度も異なるわけですが、本件の場合はその辺りは問題にならないでしょう。FaceIDの3Dセンサが採用している計測方式の詳細は不明ですが、ToFにしろ、パターン照射にしろ、その際の補正の方法はカメラで一般に行われるレンズ歪の補正等と大差はなく、さほど計算コストや製造時の手間も要せず、概ね容易に十分な補正が可能な筈です。

しかし、通常当然になされるだろうそれらの補正を行なってなお、認証精度が有意に低下する、すなわち十分に補正出来ない、という事なら、それはもはや致命的な欠陥品という事ではないのかと疑問を抱かずにはいられません。例えばドット抜けのような素子の欠損があるとか、投射するパターンが対象まで届かないとか、ゴーストが映り込むだとか。一般にはそういうレベルが想像されるのですね。

で、計測データに欠損があるとか、そういうレベルの欠陥だと、認証精度の低下、では済まない筈なのです。部分的にせよ、認証の大前提たるデータが得られないのだから、まともに認証出来るのかも怪しくなってくるのです。

そもそも、3Dセンサの計測データはあくまで顔認証処理における多数の入力データの一部に過ぎず、認証精度との間に、計測データの精度をこれだけ低下させたらこれだけ認証精度が落ちる、というような、緩やかで連続的な相関がある、というような事はまずありません。入力データにはその前処理、特徴量の抽出、及び特徴データの照合まで、何段もの非線形な処理がかけられ、各段階でそれぞれにシビアな閾値のテストを受ける事になるのが通常です。そこに入力されるデータが設計の範囲から外れると、途中の結果が大きく変わり、結果急激に精度が落ちたり、あるいは全く認証出来なくなったりするものです。認証方式というのは、その程度にはシビアで複雑なものです。ディープラーニングを用いると言っても、それで自動的に出来るのはせいぜいパラメータの調整程度です。方式自体も自動で構成されれるのが理想ではありますが、それはまだまだ難しいでしょう。少なくとも、学習データのセットを作り直す必要はあるわけですし。

しかるに、その基礎たる入力データの範囲をいじる仕様変更をする場合には、従来の仕様との齟齬を避けるため、原則として認証方式全体を調整し直す必要があるでしょう。場合によっては方式自体の大幅な変更が必要になってもおかしくありません。で、それには当然ながらそれなりの時間と労力が必要になります。少なくとも、発売1か月前から対応を迫られて、ちょいちょいと小手先で修正して済むようなものではありません。

しかし、それが出来る、という。そんな都合のいい話が有り得るのか、大いに疑問に思われるところです。といっても、公表されている情報からその真偽を判断する事は不可能だし、疑問に思ったからといってどうなるわけでもないのですけれども。

これは明確な根拠のない単なる想像ですが、認証方式とセンサの開発担当部門が、歩留まりの悪さを口実にして、元から公称には遥かに満たない低い認証精度を誤魔化すべく、発売前にAppleに設計精度の引き下げを容認させようと画策している、とか、そんな風に考えたほうが余程しっくりきます。流石に陰謀論染みているとは思いますが、3Dセンサの製造精度を幾らか緩めても認証精度の低下は若干で済む、という話よりは余程現実性があるように思われるのも事実です。

そもそも、これまでのAppleの公式発表では、FaceIDの認証精度については、FAR(他人を誤って本人と判定する率)が100万分の1以下という事しか明かされていません。本来認証方式の精度は、FARだけでは無意味です。極端な話、本人すら少し表情を変えただけで弾かれるような厳しい設定にすれば、幾らでも他人を受け入れる確率は下げる事が出来るからです。絶対に他人は受け入れません、ただし本人も受け入れませんけど。では意味がありません。本人は弾かないようにしつつ、その上で他人を誤って受け入れる率がとても低い、というのでなければ認証精度が高いとは言えないのです。

この、FARとトレードオフの関係にある本人を誤って他人と判定する率をFRRと言いますが、FARとFRRはセットで見る必要があり、FRRは十分低く、かつFARは殆ど有り得ない位低い、というのが認証精度が高い、という事になります。なのですが、AppleはFARしか公表しておらず、FARが100万分の1の場合のFRRを明かしていません。おそらくは意図的なんでしょうけれども、そのことを理解している専門家らからすれば、Appleのやり方は卑怯なものか、もしくは滑稽なものに見えている事でしょう。

さておき。それでも、典型的なFRR、その常識的な上限と下限を想定することで、Appleの主張する精度を大まかに評価する事は可能です。仮にFRRも100万分の1以下だとすれば、顔認証以外の方式を含めてすら聞いた事もない高精度です。それは流石に有り得ません。一方、FRRを最低限、すなわち生体認証として実用になる常識的な下限である数%程度と仮定しても、指紋や虹彩等、生体認証方式の中でも最高レベルの精度を持つ方式と同等以上の精度があるという事になります。Appleは指紋のTouchIDより精度が上だと公言しているので、それとは合致するのですけれども、問題は従来の各社や研究機関が実現して来たところの同様の条件での顔認証方式との比較では、低く見積もった方の精度ですら、例が無い、どころか桁が幾つも違う程に異次元の高精度だ、という事です。

認証の際に3Dの深度センサによる形状データを併用している以上、通常の、2Dの画像による顔認証よりは精度が高いだろう事は理解出来ます。しかし、いくら3Dの顔の形状を使っているからと言って、顔認証の精度を低下させる主要因であるところの、表情や顔向きの変化、また周囲の環境変動の激しさ、また元々顔の特徴は指紋や虹彩等に比較して他人間で類似性が高い場合が多い点等、元のデータ自体に内在する負の要素については変わりないわけです。

それを、携帯デバイスに入れられる程度の、簡易的で構造に余裕もなく、コストもさほどかけられない、言ってしまえばちゃちなセンサを使い、不安定な手持ちで、しかも屋外含めあらゆる状況で認証する、という悪条件でなお、コストを十分にかけ、治具等で姿勢の制御等も行なった場合の指紋等と同等以上の認証精度がある、と言われても、実際にデータを使った検証でそれが実証されでもしない事には信じようもない話なのであって。それがない現時点では、詭弁というか嘘なんだろうな、と思うしかないわけです。

で、本件のようなよくわからないトラブルの噂も、いざ発売が迫って、当然ながら担当部門や下請けが追い詰められ、その辺をどうにか誤魔化そうとして、あるいは責任の押し付け合いだとかで揉めてるとかいう流れの一端なのかな、と。

そうだとしたら、それはおそらく陳腐化して先行きが怪しいiPhone事業を維持するために新機能を無理にでも入れなければならないApple、またそのネタを売り込む下請けは大変だね、という話なんでしょうか。だとしても同情はしませんが、理解は出来なくもありません。そんなものをそんな状態で売り出して、後始末とかも含めて色々と大丈夫なんだろうか、とか色々と不可解には思いますが。

ともあれ、真実がどうあれ、もうしばらくすれば発売です。ユーザの容赦ない実地試験を経れば、その辺りの話は直ぐに明らかになる話です。それまでは話半分、眉唾で捉えておけばいいでしょう。もし真実その公称する精度が実現出来ている、というのならそれは間違いなくブレイクスルーであって、テクノロジーの画期的な進歩として歓迎すべき凄い話ではあるし、そうでないとしたら、それはそれでAppleがどう始末を付けるのか、とても興味深い事例になるでしょうし。色んな意味で注目に値するものである事は間違いないでしょう。どうなる事やら。

Apple defends Face ID accuracy as iPhone X launch looms

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