8/31/2016

[biz law] EUの権力濫用に晒されるApple

EUがApple及び同社がEU圏内のHQを置くIrelandに対し、同国で同社に対し適用されている法人税等の優遇措置が不当であるとして、遡って巨額の支払命令を出した件ですけれども。ざっと見た感じ、いささか無理筋っぽいように見えます。

本件の概要は以下の通り。まず前提としてのApple社とIrelandの関係については、1980年に同国内Cokeに工場を開業した事に始まり、当時から同国で失業対策の一環として実施されていた外国企業への優遇税制の適用を受け、以来拠点を維持・拡張し続け、EU成立後はEU圏内事業の統括拠点とされて今日に至る、との事です。なお設置当時の社員数は60名程度で、現在の社員数は6000人規模との事。

そして、問題の優遇の内容は、通常12.5%の同国内法人税率が最大1%とされる、というもので、実際2014年に同社が支払った法人税は税率にして0.0005%だそうです。相当に破格の内容である事は明らかですね。

これに対し、EU側が、同社の同国内拠点は実体がない租税回避目的のものにつき、EUの枠組みを濫用した不当なものであり、本件Ireland政府の優遇措置は違法な利益供与である、と当事者の異議申述の機会なしに断定する判断を下し、併せて同社に対し130億ユーロの支払を命じました。

こうして書き出してみると、無理がある、なんてものじゃないですね。まず実体がないという主張は、上記の事実から見て、通常の租税回避地のように常駐役員もいない、という文字通りの意味では全く該当しません。一応、EU各国にも実際には複数ある拠点の一つに過ぎず、実際の事業活動の大部分が実行されているわけではない、という意味では該当し得る余地が無いではないだろうけれども、それはグローバル企業であればむしろ当然の話であるわけで。そんな事を言い出したら、各国が我が国には工場や事務所があるから、外国会社の法人税も徴収すべきだ、とか言い出して、企業毎に法人税の賦課地を巡って国家間で紛争になってしまいます。

本件は、租税回避地の問題とは何もかもが違うのです。その実体も経緯も当事者の立ち位置も。共通するのはただ一点、Irelandを除くEU側に法人税収入がない、という点のみでしょう。

また、設置と優遇措置の開始がEU設立前である以上、EUの枠組みを濫用したものではない事も明らかです。Irelandによる特定企業への不当な利益供与という指摘についても、同措置が国内の雇用対策としての国外企業の国内誘致を目的としたものである事、当該措置が同社に適用する以前から制度として長年存在し、それ以前から以後を通じて複数企業に同様の措置を適用しており、同社に特別に適用されたものではない、といった事情を鑑みれば、とても違法とはいえないように思われるわけです。

むしろ、後から出来たEU、そのIrelandを除いた他国が、法的根拠もなく、EUとしての権力を濫用して多数決の暴力により同社・同国の協力関係を不当に潰そうとしているようにしか見えないのですね。これまで何らの支援もして来なかったにも関わらず、本件によりIrelandの税制的優位を剥奪する事でAppleはじめ有力企業を同国から追い出し、Ireland以外のEU各国が取り込んで雇用と税徴収の利益を奪いとろうとする意図も透けて見えます。理不尽と言う他ありません。

そもそもEU側の各国とて、優遇税制は普通に行われているわけで、EU圏内に本社のある企業が活動する諸外国から同様のロジックでやり返される可能性もあるし、加盟国の間にも経済的な内紛を招きかねない話の筈なのですが、その辺はどう考えて今回の命令に至ったのか、全く以って理解に苦しみます。

一応、本件同様の命令自体は前例があります。 2015年に、StarbucksとFiatがNetherland(オランダ)から受けていた優遇措置を不当な利益供与と断じ、それぞれ2000万ユーロ、3000万ユーロの支払を明じたのがそれです。しかしこれは開始時期が2008年であり、EUの規律が適用されるべきものである事は間違いありませんから、EU成立前からの措置である本件とは事情が異なるものと言うべきです。支払額も桁違いであり、従って影響の範囲・規模も全く異なるものと言え、同列に論ずる事は出来ないものでしょう。

当然ながら、本件がこのまますんなり通る筈もありません。当事者たるAppleとIreland政府に加え、Apple社やその他本件の影響を受けるべき有力企業の本社のある米国政府までもが揃って反発しています。Ireland政府単独ならばその政治力の貧弱さ故にEU内で抗う術は殆どなかったのでしょうけれども、米国が明確に反対している以上、本件命令が通る可能性は極めて低いものと言えるでしょう。

誰もが知る通り、EU各国の予算をも超える売上・利益を誇るAppleの政治的影響力は通常の私企業のそれとは比べ物にならない程大きいのであって、少なくとも法的根拠が不明なまま、安易に強権を濫用していい相手ではなく、下手を打てばこういう事態になる事も分かり切っていた話の筈なのですが。。。失業やら各種経済面の危機の最中にあって、パナマの件等から租税回避の解消により得られるだろう外国企業の利益に目が眩み、その辺のペーパーカンパニー等と混同して、ゴリ押しでいけると思ってしまったのでしょうか。だとしたら愚かの極みとしか言いようがないわけですけれども。

EU側はやばい、と思っているかもしれませんが、完全に自爆であるわけで、せいぜいその安易な行いの報いに苦しめばいいんじゃないでしょうか。迷惑、では済まないApple社やIreland政府にしてみればたまったものではないでしょうけれどもね。
 
Apple’s Tim Cook reacts: ‘We are committed to Ireland’
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