ちょうど今、先日発行された川内原発の原子力規制委員会による新規制基準への適合審査書案に対するパブリックコメントの募集期間と言う事で、新基準の内容確認がてら流し読みしてみました。根拠規程と併せて。無論、今回用いられた基準自体、社会からの信頼を喪失した原発に無理やり安全のお墨付きを与える事を目的として策定されたものである事は分かり切った話なわけで、その確認をしたというだけの殆ど無意味な作業であって、今更何かしら有意義な知識が得られたわけではないんですけれども。
果たしてその実態は、予想を超える無茶苦茶なものでありました。いやもうなんなんですかこれ。
まず本書の位置づけは、その名の通り、規制基準との適合可否を評価・判定するものです。ですので、評価基準が具体的かつ明確で、かつ評価対象も構造等を細部まで十分に把握出来ているもの、例えば建築物としての施設自体の構造や人員・設備配置等については、実際の状況と基準とを照らし合わせて個別具体的な、単純な確認評価を行っているだけのものですから、そこに特に問題にすべき点は見られません。作業員にテロリストが紛れ込んだりした時の対応は?というような疑問も浮かびますが、それはそもそもの基準に想定されていないのですから、本書の対象外という事ですし。
問題は、評価対象もしくはその要素の大部分が推定に基礎を置いてしまっている点、もしくは基準自体が曖昧な部分がある点です。これはいけません。実際問題、そんなあやふやな評価に委ねるわけには絶対にいかない性質の話なのですから。しかしその量と話の複雑性からして、ここで全てを列挙するわけにも行きませんので、さしあたり一番目につく、かつ致命的に思えるものを一つだけ。
本評価書の冒頭(p.13~)には、耐震評価の前提となる、立地地域の地盤構造とその地震による揺れの程度等の評価が記載されているのですが、これが殆ど単純化された数理モデルでしかないのです。構造も性質も三層程度に単純化され、各層もそれぞれ均一と仮定されています。この時点でもう話にならない感じですが、しかも、そのモデルのパラメータを決定するに際しても、実測データすなわち採掘に基づいて決定したのは施設下28.5mまでのごく浅い部分のみで、肝心たるそれより深い部分については、施設下1018.5mまでは地上で計測した弾性波のスペクトルをフィッティングさせたものを用い、それ以下に至っては、当該場所での計測すらせず他の論文から値を拝借しただけ、というのです。
あまりの無茶苦茶ぶりに眩暈がします。モデルにも、パラメータにも、およそ当該地域の構造を十分モデリング出来たと言える現実的な妥当性が全く認められません。これで何を示そうと言うのでしょうか。学者の論文としてはよくありそうな仮説で、そういう理論研究の一環として大まかな傾向を推定する方法の提案、程度ならまだしも、というかそれでも怪しい位です。無論、具体的かつ現実的な特定地域の将来に渡る物理的状況の評価に耐え得るものとは到底考えられません。九州電力も委員会も、こんな前提条件を堂々と冒頭に記載するというのはどういうつもりなのでしょう。まさか本気でこれで川内原発近辺では見積り以上の大きさやモードの異なる揺れは絶対に起こらない、等と言えると思っているのでしょうか。だとしたらもう救いようがない阿呆としか言えないわけですが。
具体的に見ても、評価モデルには欠陥ばかりが見られます。このモデルや評価の前提によるなら新規の断層は生まれない事になりますし、過去に観測・記録された地震より有意に大きい地震や、浅い震源からの局所的な強い揺れも発生し得ない事になりますが、そんなわけはないのです。そもそもの本評価の目的として、およそ全ての物理的に起こりうる事象に対する安全を保証する事が求められている以上、捨象が許されるものでもありません。それらは致命的な欠陥に塗れた非現実的な仮定であり、それに基づいた地震に関する記述は、根拠のない憶測に過ぎないと言えるでしょう。そして、それによってリスク事象の限界を画し、現実に起こりうるリスクを過小に見積もった本評価は、社会的に看過し難い危険なものになってしまっているわけです。
他にも色々目につきますが、一々書く気も失せますね。ほんとげんなりです。最初から妥当性等知ったことではない、電力会社と省庁のやらせ的な評価だとは承知していましたが、ここまで明らさまにやられると。。。でもって当人達の大半はこれが本気で妥当だとか思っていたりするのだろうからまた始末に負えません。パブコメの募集にあたっても、"上記1.に対する、科学的・技術的なご意見"とか、条件を付けて一般的な意見の無視をあらかじめ宣言しているあたりも、その姑息さもさることながら、そういう事はやるにしても内部でこっそりやればいいだけの話だろうにわざわざ言うとか、やはり阿呆なのかと、さらにげんなりさせられるのです。
何にせよ、福島の惨事の再現を恐れ、文字通りの完璧かつ絶対的な安全性の保証を求める社会の要求に対しては全く応えておらず、従って社会の動向を転換させるものではなく、その意味で本評価は実質的に無意味なものとも言えるでしょう。むしろ反発を増幅させる可能性の方が高いかもしれない、とすら。全く以て馬鹿馬鹿しい限りです。
九州電力株式会社川内原子力発電所1号炉及び2号炉の発電用原子炉設置変更許可申請書に関する審査書案に対する科学的・技術的意見の募集について
<参考> 適合基準の定義は下記解釈「別記2」(p.122~)参照
原子力規制委員会「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈