米国のJoe Biden大統領が、息子のHunter Bidenに恩赦を与える大統領令に署名しました。
身内への恩赦。特段の正当な事由もなく行われたそれは、紛うことなき権力の濫用です。これまで度々その行使の是非を問われ、否定し続けていた前言を翻して踏み切った事もあり、背信行為と看做されてもいます。
当然、米国はほとんど非難一色です。身内である筈の民主党内からも、左派を中心に公然と批判の声が上がっています。
その長い政治家としてのキャリアを通じて受けた批判は数え切れない程あれども、このような明白な権力の濫用は一度たりともする事はなかった彼が、そのキャリアの最後に犯した、たった一度の過ち。
彼は、この過ちによって、間もなく訪れるそのキャリアの終わりに当然に得られた筈の、公正を貫いた政治家としての名誉を損なう事になりました。完全に失ったと見なす人も少なくはないでしょう。
このような結果を大統領が予想出来なかった、等という事はあり得ません。それは承知の上で、全ての応報を覚悟して踏み切ったのだろうと考えられます。
その事情は概ね理解できます。脱税等の容疑で訴追されていたHunterは、司法取引に失敗し、元々有罪となる見込みでしたが、次期大統領のTrumpから明らかに敵視されており、次期政権下でその意を受ける司法当局に恣意的かつ不当な厳罰を課される可能性が極めて高くなっていました。
その主たる原因は、TrumpがJoeを政敵として敵視しているから。それだけです。すなわちBiden大統領の息子であるという、Hunter自身にはどうする事もできない理由によるものです。Joeからすれば、自分のせいで息子が危機に晒されている状況にあったわけです。
そして、Joeには恩赦を出す権限があった。つまり、息子を助ける事は不可能ではなかった。その行使の是非は、Joeにとって、政争に巻き込んでしまった息子と自身の立場、そのどちらを取り、どちらを捨てるのかという、残酷な選択をJoeに強いるものになっていたのです。
Hunterにかけられた容疑は正当なものでした。である以上、それは法に則って裁かれるべきであり、罪が認められれば当然に罰せられなければならない。将来その罰が不当なものになる可能性があったとしても、それを理由に訴追自体の赦免などしてはならない。当然の事です。
また、正当な理由なき恩赦は権力の濫用であり、誰よりも公正であるべき大統領として厳に慎むべきもの。身内に対するそれであればなおさら。これもまた当然の事です。
大統領の立場からは、どうやっても正当化など出来はしません。もし行使すれば、自身のみならず大統領という立場の威信をも損ない、後世まで拭い難い汚点となる。多くの人の信頼を裏切った者として、名誉も信頼も、何もかもを失うだろう、論外の行為。大統領自身、その事は誰よりもよく理解していたでしょう。
しかし、最後の最後で。自分が原因で、その人生を破壊されようとしている息子を前にして。彼は、見捨てる事が出来なかった。これはそういう事なのでしょう。
そうでなければ、どうして彼が、その人生をかけて築き上げた輝かしい名誉を投げ捨て、信頼を裏切り、当然に予想されていた司法当局や国民、仲間達からの非難をも甘んじて受け、あまつさえTrumpに自己への恩赦の口実を与えてしまうような、大統領という立場そのものの威信、ひいては統治体制への信頼をも決定的に損なうだろう暴挙に及んだ事に説明がつくというのでしょう。
その立場や公益、自身の名誉と親子の情を秤にかけ、前者を捨てて後者を取った。大統領と言えど、否、大統領であるからこそ生まれたその葛藤の末、我が子に情をかけるために、全てを犠牲にしなければならなかったJoe。
その行いが批判を受ける事は必然という他はありません。
ただ、彼はまず間違いなく全てを承知の上で、Hunterへの恩赦に署名した筈です。名誉も信頼も全てを捨てて。そんな彼を、殊更に袋叩きにする事に正当性はあるのでしょうか。それ以前に、意味はあるのでしょうか。
民主党議員をはじめ、良識を重んじる点を自身の正当性の根拠にしている人達としては、この先、Trumpが権力の濫用、特に自己への恩赦をしようとした場合を想定して、その時に非難するためにはここでBidenを非難しておかなければならない、という事情もあるのでしょう。あるいは、Hunterが受けるべきだった刑罰の肩代わり、という意味合いもあるのかもしれません。
しかし、であればこそ、それは不当な行為であると言わねばなりません。味方も失って、反論の術さえない、たった一人の老人に過ぎない彼に寄って集って加えられる、法の歯止めもなく無秩序な非難。それらは、ただの私刑でしかないのです。
法治国家にあって、あらゆる行為の正当性は、法によってのみ担保されます。Trumpのそれと対峙する際に正当性を主張しようとするなら、法に基づかないそれらはなおさら厳に慎むべきものである筈です。Bidenの今回の恩赦にしても、あくまで大統領として法によって与えられた権限に基づいて恩赦を与えたのであって、違法な事をしたわけではないのですから。
そもそも、そんな事をしても、何も得られるものはないのです。 彼はそういう選択をした。もはや取り返しはつかず、非難を加えたところでその事実は動きません。大統領としての任期も間もなく終わりを迎え、同時に政治家としても引退する彼に、次はありません。年齢からすれば、この世から去る日も遠くはないでしょう。
そんな彼を痛めつける事に、意味も正当性もないのです。憤慨する人や、無念に思う人も少なくはないでしょうが、ここに至っては、もはやただ静かに見送る他ない、とそう思うのです。
願わくば、去りゆく彼に残された日々の中に、許しと救いの訪れんことを。
ただ、Hunterについては話は別です。そもそもの責任はほぼ彼にあるわけで、彼がまっとうな生き方をしていたならこんな悲しい事にはならずに済んだ筈なのです。それが無罪放免というのは納得しろと言う方が無理というものです。
実際のところ、彼に対する米国民のヘイトは半端なものではありませんから、自分の身を守るためにも、なにがしかの罰は受けておいた方がいいだろうとも思いますね。主要な容疑は脱税であって、たかが、とまでは言えませんが、強盗や殺人等の重犯罪が日常茶飯事な米国にあっては、それらと比較すれば遥かに軽い部類のありふれた経済犯に過ぎないのですし。