11/10/2016

[pol] 排外主義へと転換する米国、その行く先について

Trump大統領の誕生により、米国では諸々の政治的事項・案件について相当にドラスティックな方針変更が見込まれる事となりました。それらの事項等を適当にまとめてみたいと思います。

第一に、移民関連。不法入国者の摘発と強制送還、及びメキシコ国境への障壁建設が主たる公約に掲げられており、原則として積極的に移民を制限ないし排斥する事になります。その実現は極めて困難な事も明らかなのですが、それでも氏が支持を集めた最大の要因とも言える公約であることから、無理にでも進める事になるでしょう。議会の承認は得られるのか、というところから不明なのですけれども。

第二に、税制。米国内での個人向けの大規模な減税は、おそらく氏の公約の中で、実利面を重視する有権者に対し最も訴求しただろう目玉政策です。財政面の整合をどう取るのかは全くの不明である等、これも実現手段の面で相当の困難が見込まれますが、上記と同様の理由により、やらないという選択肢は有り得ないでしょう。その皺寄せが何処へ向かうのか、それが問題です。相続税は廃止、法人税も半減レベルで大幅に減税するというのですから、それこそお得意の"You're Fired"を連発して人件費を半減する、位の大幅な制度変更をしなければ実現不可能な筈なのですが。他に関連する話としては、軍事費は減らすどころか増える見込みだとか。これ程の減税を進める中で、その費用はどうやって賄うつもりなのか、これまた謎です。

第三に、社会保障。米国内の保険制度改革、通称Obamacareに対する氏の非難はあまりに苛烈なものでした。元々制度上の不備や欠陥が多々指摘され、脆弱そのものである同制度が廃止されない理由は殆ど存在しないように思われるところであり、果して国民皆保険の夢は潰え、諸々の保障は再び裕福な個々人と大手保険会社との間にのみ存在する高価なサービスでしかなかったところの旧来の制度へ回帰する事になるでしょう。規制から開放され、患者から搾り取る事が出来るようになるAIGをはじめとした保険会社は大喜びです。とはいえ、既に数千万件以上の契約が存在する以上、廃止と言ってもその後始末も大変な事になる筈なのにも関わらず、殆ど誰もそれには触れていない点はいささか奇妙であり、どこぞの無責任な党が政権交代を果たした後の惨事を彷彿とさせるわけですが、さて。

第四に、米国内産業の保護。逆に言えば、国外産業の冷遇。保護主義の復活そのものと言っていいだろうその方針に沿った政策が取られれば、米国内の産業・雇用には補助金や案件の割当等でそれなりの優遇がされるだろう一方、関税等の輸入障壁が復活し、加えて生産と雇用の海外移転にはペナルティが課される事になるでしょう。少なくとも近年増加を続けていたメキシコの生産拠点はやり玉に挙げられる形で冷遇されるでしょう。日本にとっては、自動車の関税がどの程度になるかが問題でしょうか。TPP?何のことでしょう。知りませんね。同時に、労働ビザの取得・維持の要件もさらに厳しくなるだろうものと見込まれます。永住権を持たない外国人の相当数について、帰国あるいは別の国への移転を検討する必要が生じるかもしれません。

第五に、思想差別。大統領の公認の下、イスラム教は米国内で危険思想と見做され、程度はともかくとして、監視・管理の対象となるでしょう。新規入国の制限に始まる形で排斥も始まり、そこから進んで社会的に迫害される事例も増えるでしょう。 当然、イスラム教徒を多数抱える国々との深刻な対立も招くでしょう。ジェンダー関連についても保守的な方向への回帰が予想されます。

第六に、諸外国との関係。まず前提として、この点において氏はあまりに無知であり、少なくとも協力関係の維持・構築については殆ど無関心です。およそロシア以外の国については共感も関心すらも示していない、という事実は、その国内を再優先にする方針を証明するものです。その一方で、積極的に諸外国を支配しようとする姿勢もまた見えません。要するに、自国の事しか知らないし、考える気もない、という事です。

従来の、数十年に渡る同盟関係は、氏の中ではリセットされ、もはや存在すらしていないのかもしれません。そうであれば、NATOを筆頭とする西側諸国間の安全保障の枠組みが事実上解体される可能性も低いとは言えないでしょう。国連ですら例外とは言い切る事は出来ません。すなわち、本当の意味で第二次世界大戦後の、西側諸国の同盟を中心にした秩序体制が終焉を迎える可能性もある、と言えるわけです。中国やインドはじめ、経済的に米国の雇用を奪っていると見なされる国々と米国の対立も進むでしょう。また、それらの大国間の話からすれば些細な事でしょうけれども、日米安保についても、条件の見直しは避けられず、その交渉の成り行き次第ではその解消も普通にあり得るでしょう。米国の圧力が弱まる、あるいは消える事で侵略主義を強めるだろう中国やロシアへの抑止は誰が担うのか、それとも誰にも止められなくなるのか。欧州にしろ、極東にしろ、その不安定化した軍事バランスが、暴発を招く可能性はどれほどでしょうか。

関連して、アフガニスタンとイラク・シリアを中心とする現在も進行中の戦争についてはどうなるのでしょうか。今の所それを判断する材料は乏しく、具体的にどうなるとも予想する事は困難です。軍需産業への補助として維持・拡大を続けるのか、減税等への資金捻出のため、縮小へと舵を切るのか。どちらの判断もあり得るでしょうけれども、もし終わらせる判断を採るのなら、その際の措置は他国・他国民への配慮等微塵もない自己中心的なものとなり、従って残される結果は悲惨なもの以外には成り得ないでしょう。それも仕方がないのです。彼には、知識も経験もなく、そもそも配慮をしようとする意思のかけらもないのですから。

かように数多くの決定的な変化が見込まれます。その多くが前代未聞というべきドラスティックなものですから、予測も対処も相当の困難が伴うだろう事は疑いようもありません。ただ、警官と市民の殺し合いといった、近年深まり続けてきた米国内における国民間での対立については、おそらく彼の就任後も変わる事はなく、むしろさらにその傾向は強まるでしょう。それに伴い、銃規制や死刑廃止等の議論も消滅するでしょう。刺激的な日々が続く事に、喜ぶ向きも少なくはないのではないでしょうか。テロリスト等の、米国や西側諸国の自滅を願う者にとってもおそらく歓迎すべき事なのでしょうしね。

無責任と無秩序が支配する、狂った世界はすぐそこにあるのかもしれません。そういった世界を好む者にとって、Trumpは最高の案内人であり、エンターテイナーであるように感じられるでしょう。God bless U.S!

当事者としては正直勘弁して欲しかった、と思う一方、第三者的には、積み上がった空手形の山のうち、何を何処まで実行出来るのか、仮に実行出来た場合はどのような世界になるのか、また実行出来なかった場合はどのようなタイミングと形で失望に転じるのか、等、正直に言えば色々と興味も感じるところではあります。Obama,Hillaryはじめ民主党側の手のひらを返したような協力姿勢にも無理してる感が凄すぎますし、あそこまで決定的に分裂対立した国民が素直に連帯を取り戻し得るとは思えませんから、そういった諸々の無理がどういう帰結をもたらすのか、せいぜい観察させて頂こうと思う次第なのです。もう決まってしまった事なのですし、何せ色々と前代未聞の事態、それもこの規模で、というのでは、興味を惹かれずにいられるわけもないのですから。

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