米です。食べる方の。
長年、それこそ日本が国として成立する前からこの地域で広く栽培され、主食として人々の生活を支えてきた米ですが、どうやら歴史の岐路に立っているようです。否、既に別の道に踏み出したと言っていいのかも知れません。
昨年から続く供給不足とそれに伴う価格高騰が収まりません。現状の農業政策を変えたくなかった政府は事実上何もせず放置していただけで、今以て解消される見込みは皆無です。
新米が出回れば収まるだろう、備蓄米を放出したから収まるだろう、そう希望的楽観に縋って事実上無策を続けた結果は真逆。 既に政府は国民の信用を失っています。
原因たる当初の不足は、それで自然になんとかなるような尋常なものではありませんでした。その前年の主に水害に起因する不作によって、およそ生産・流通にあった全ての在庫が消滅していたものと考えられ、それを補うには、通常の生産量では全然足りなかったのです。そのギャップは未だ埋まっておらず、今年以降も生産が劇的に増える見込みがあるわけでもない以上、この先何年も不足が続く可能性も低くはないでしょう。
備蓄米の放出は、無意味という他ないものでした。その理由は、放出分に買い戻しの特約がついていたからです。その買い戻し用の在庫は何処からどうやって調達しろと言うのでしょうか。調達の見込みが立たなければ、売るに売れません。特約に縛られた業者は、当然に買い戻しに備えて倉庫に溜め込んだまま、流通に乗せませんでした。単に所有権が政府から業者に移っただけです。無論、市場に一切影響を与える事もない。
何故政府はそんな特約を付けたのでしょうか。政府は備蓄の維持は絶対に必要だというのでしょうが、その維持は政府の責任であって業者に転嫁出来るものではありません。政府にしてみれば、備蓄米の新規調達増など無理だというのでしょうが、政府ですら出来ない事が、どうして民間に出来るでしょう。出来る範囲でやれる事を、と考えた結果なのでしょうが、所詮小手先の小細工、馬鹿の考え休むに似たりでしかありませんでしたね。
じゃあどうすればいいかと言えば、結局のところ、市場と備蓄、それらを合わせた米の総量が足りない、それが問題の本質なわけです。従ってこれを解決する方法はただ一つ。米の総量を増やすしかないのです。
総量を増やすにはどうするか?生産を増やすか、外から持ってくるかの二択です。そして、高齢化からの従事者の減少が進む農業の現状を見れば、生産を増やす方は現実的ではありません。であるならば、外から持ってくるしかないのです。すなわち輸入です。
という流れで、遅まきながら、政府及び立法府では米の輸入の制限緩和が取り沙汰されているというわけです。丁度アメリカから貿易不均衡の是正を求められている事もあって、農産物の輸入増の対象に適してもいるし、一石二鳥でもあります。
勿論、農水族は反発するわけですが、今回の米不足は農政を仕切ってきた自分たちにこそ責任があり、かつ構造的にそれ以外に解決の術がないという事で、だいぶ旗色は悪そうです。というか、余程の事、例えば今年の収量が例年の数割増しの大豊作になって不足が解消されて価格も下がった、とかいうのでも無い限り、輸入の拡大に踏み切らざるを得ないのではないかと思われます。
もっとも、仮に輸入拡大をするとしても、一足飛びに関税撤廃まで行く可能性は高くないでしょう。4倍から5倍にもなるそのあまりに圧倒的な価格差から、国内の米産業が壊滅してしまうとの懸念は拭い難いでしょうから。しかし、広く流通させるのなら、国民の納得が得られないだろうその高額な関税は大幅に下げざるを得なくなるでしょう。
なお、今回は原因が原因なので、その量も期間も相当になるでしょうし、一度始めたらそれをやめるのも困難になるでしょう。輸入拡大に伴い、さらに国内の生産が落ちる可能性もまた高いでしょうから、なおさら後戻りは出来なくなるだろうとも予想されます。
というわけで、日本は、古来より続く国内での米の生産、それが本格的かつ不可逆的に衰退するかどうか、という歴史的な岐路に今まさに立っていると言えるだろうわけなのです。その割には随分あっさりと話が進んでいるな、とは思いますが、長年の積み重ねがあっての今なので、やはり皆わかっていたというか、諦めの境地に至っているという事なんでしょうか。それとも、政府はじめ関係者が失政に伴う目の前の責任問題にパニックを起こしているだけなのでしょうか。いずれにせよ結果は変わらないだろうので、気にしても詮無い事でしょうけれども。
そもそもの話をすれば、日本の米生産の方法は、多品種少量高品質という贅沢品向けの非効率かつ高コストの極みなものなのだから、正反対の小品種大量生産を推し進めた海外大手業者に大衆向けの主食用作物の競争で敵う筈もなく、淘汰されるのも当然の成り行きと言う他ないわけで。不作とインフレがその最後のひと押しになる、というだけの話なのでしょう。これも時代の流れということですね。もちろん一消費者としては歓迎したいと想います。
食料安全保障?既に国内生産では消費を賄えていないのだから、もはや破綻していると言うべきでしょう。それに、国内生産に固執した結果、高価になりすぎて貧困層中心に購入が困難になる国民が多数生じるというのでは本末転倒です。今後は輸入を増やしつつ、国内の米産業にも集約その他のコスト競争力を高める方向である程度の生存を図っていくよう、農業政策を転換するべきではないかと思いますね。