3/19/2016

[biz] 信用を捨て、信用出来ない相手に縋ったシャープの末路

誰もがうんざりしてると思うんです。つくづく阿呆だなあと。倒産寸前のシャープの身売りの件なんですけれども。ここまで酷いと、教訓にすらなるのかどうか。

本件における鴻海の鬼畜さ加減は今更云々するまでもないとして、元より鴻海が信用出来ない事も分かり切ってたわけです。以前出資を検討していた際、株価が下がったからと言って契約を反故にする形で買い叩こうとして破談した件、あの常軌を逸した所業を忘れたって人の方が少ないでしょう。あれだけからしても、誠実さとか善意とか、およそ提携や合併をするにあたって欠くべからざる要素を欠いており、協業の相手として不適格な類の業者である事は明らかでした。それ以前に呈示する条件等も空手形ばかりになって実質無意味だろうし、まともに交渉する事すら期待出来ないだろうと。

誰もがそうと知っていた筈の相手に対し、直近のシャープ経営陣が決定したところの被買収の選択、しかも契約を交わす前に機構を切って一本化する、という判断は、率直に言って正気を疑わざるを得ないものでした。正式な契約すら後から反故にするような連中にそんな立場を与えたら、そりゃもう好き勝手されるに決まってんじゃないですか。対等でないどころか、相対的な優位ですらない。シャープ側に断るという選択肢が普通に存在した例の出資破談の時ですらああだったのに、今回はそれを遥かに超えて、鴻海の出資が無ければ即倒産な状況ですから、決定権を完全に鴻海側に渡してしまったものに他ならないわけです。目一杯足元見て値切るに決まってますし、さらに雇用の保障等、諸々の条件も事実上白紙に戻ったと言うべきでしょう。頭おかしいんじゃないの?と誰もが思う意味不明な判断だったわけです。

しかしもはや後の祭りです。シャープが切り捨てた段階で産業再生機構は完全に撤退してしまいましたから、 今更泣き付いてもどうにもなりません。機構や行政の側からすれば、シャープこそが信用ならない相手と見做されてしまっているのですから、不可能とまでは言わずとも、それを覆す事は非常に困難な状態なってしまっているわけです。

今後の取りうる選択肢は2つ+α。一つはこのまま鴻海の一方的な提案を飲んで大人しく食い物にされる道。もう一つは、債権者たる銀行を説得し、つなぎ融資を引き出して時間を稼ぎ、その間に機構や行政に泣き付いて救済を得る道。αは、流石にまず無いでしょうけれども、どちらも選ばず、大人しく破綻して民事再生に進む道。どっちを向いても地獄しか無いこの絶望的な感じは他人事ながら引きます。

完全にシャープの自業自得とは言え、転職せずに未だ必死にしがみついている社員の方々には多少なりと哀れに思う気持ちを禁じ得ません。どうするんでしょうね。ここ数年、経営陣の振る舞いは不誠実そのものだったのであって、あっちもこっちも舐めてるとしか思えないふざけた態度で振り回し続け、その無能の極みと言う他無い愚かな判断の数々も相俟って、甚大な被害、損失を撒き散らした挙句に行き着いた先がこれですか。それで損害を被り、あるいは人生を狂わされた被害者には刺されても文句言えないんじゃないでしょうか。ほんとに。

もっとも、最後の最後まで、その態度と判断の誤りっぷりは一貫していた、という事で、むしろ当然の帰結と納得すべきなのかもしれませんけれども。信用を捨て、信用出来ない相手に縋った結果なわけで、あれだけ滅茶苦茶やっといて、しかし最後は救済されて幸せになりました、というのもそれはそれで理不尽な気もしますしね。碌なもんじゃなかったのですから、その最後もそれらしく、その報いを存分に受けて、そのままさっさと退場してこの世から消える、というのなら、それはそれで妥当なのかなと。やれやれです。何にせよさっさと綺麗に片を付けて頂きたいものですね。

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3/17/2016

[biz] 審判の日が迫るHMD型VRデバイス達

今年はVRあるいはARの年なんだそうです。年初あたりにそこかしこの技術系ニュースサイトで掲載された「今年ブレークする製品・技術」的な特集記事では、殆どそれ絡み、といってもどれもヘッドマウント型の端末ばかりだったのですけれども、ともかくそれがヒットするだろうと書かれていて、正直個人的にはその手のデバイスにはあまり興味が無い事もあって、眉唾に思いつつもふーん、程度に聞き流していたわけです。Oculus関連は価格含め期待外れな話ばかりでしたしね。

なのですが、まあそういう諸々の見込みの根拠であったところの、本命の一角たるソニーからのPSVRの価格等が周知の通りこの程発表され、それが思ったよりは戦略的である事が判明し、各所で議論を呼んでいるようです。だから何だというわけではありませんけれども、何はともあれ今年は予定通り、話題先行が続いた各種デバイスが一般向けに広く販売され、実際に市場並びに消費者の審判を受ける年になる事が確定したようで、その直前である今というのは、そろそろまともに先行きを考えてみてもいいタイミングなのかな、と思い、改めて各デバイスの仕様や発展具合等を確認してみたのです。といって、特に期待していたわけではないのですけれども。

その結果はやっぱりというか、絶対とは言わないけれども多分にこれは普及はしないだろうな、と言わざるを得ない、非常に微妙なものだったわけです。いろんな要素があからさまに過去の失敗の焼き直しな感じで、どうしてこう懲りないのかな、とも。このまま行けば、一般向けとしては揃って玉砕しちゃうんじゃないでしょうか。

まず製品の形態としては、各社グレードの違いはあるものの、基本的には3D表示対応のHMDに位置・加速度等のセンサを加えた、頭部装着型のモニタデバイスです。諸々の計算等の内部処理をデバイス内のプロセッサで行う場合と、そこは外部端末に任せてインタフェースに徹する形態等の違いもありますが、見た目は殆ど同じですね。中々に仰々しい外見には賛否があるでしょう。

頭部だけだと、入力に使える情報が頭の位置や顔向きしかなく、何をするにも足りませんから、別途インタフェースも組み合わせる形での運用が想定されています。それには手で操作するコントローラを使ったり、外部のカメラやルームランナー的な装置でモーションキャプチャをしたりする仕組みが採用されていますね。まともに組み合わせて使うと、特にPSVRとかラグが酷いことになりそうですが、それはともかく。

で、その機能というか、出来る事は、当然ながら3D空間への没入。 デモ等を見る限りARはあまり想定されていないようで、完全に別の空間を投影するものが大半のようです。主たる機能を一言で言えば、要するにFirst Person型すなわち一人称視点型のゲーム等の3D表示という事ですね。

機体の価格はまちまちですが、そもそもPSVRではその処理のためにPS4本体が必要になる等、基本的に単体では意味を成さないものですから、システム全体で見るのが適切でしょう。そうすると、およそ10万前後から、という事になります。子供やファミリー層は最初から対象外です。なお、HMD型につき、複数人が利用する場合には一人につき一台が必要になる個人用デバイスであるという点も留意が必要でしょうか。

以上の特色を持つVRデバイス達なんですけれども。その製品・事業的成否を予想するにあたっては、自然と競合するだろう各種製品や、過去の類似した位置づけの製品群と比較してしまうわけです。機能と価格の両面から。

まず機能の面では、既存のゲーム機類。特に3D表示が可能な個人向けデバイスという事で、任天堂の3DSが第一のベンチマーク対象になるでしょう。3D機能を除けば、従来通りのFPS系ゲームを通常の2Dモニターで表示する場合も含めるべきでしょうか。あと、単純な表示デバイスとしての面からは、3Dテレビですね。

その辺と比較すると、まず第1に表示方法すなわち主観的な画面・空間の範囲の違いがあり、第2に操作方法すなわち指操作と身体動作の違いがあり、第3に画素数の違いや内部処理能力等による投影空間の情報量差がその違いとして存在するように見えます。これらのもたらす効果をざっくり一言でまとめれば、VRデバイスの特徴はその没入感の高さにある、と言って良いのではないでしょうか。逆に言えば、それ以外にはあまり違いはないように見える、とも言えますね。

価格については言うまでもありません。ベンチマーク対象の既存製品群より明らかに割高です。個人デバイスとして比較すべきだろう3DSとであればおよそ6倍程度にも及びますし、従来通りのゲーム環境等と比較しても、同程度の処理能力で見れば少なくとも2倍程度の差はあります。

である以上、その特色でありウリであるところの没入感の高さというのは、そのだけの価格差があってなお、各製品が一般に広く売れ、普及し、定着するに足りるだけの特徴と評価し得るのか否か。それが問題だろうと思うのです。

で、これが訴求の評価とかいう以前に、その特徴自体が今ひとつはっきりしません。

確かに新しいカテゴリのデバイスですから、物珍しさはあります。熱心なファンは喜んで買うでしょう。その意味で、一時のニッチとしての成功は約束されています。しかし、これらの製品は単発のコンテンツではなくプラットフォームです。そうである以上、成功と言うには、新発売時限定のブームでは足りず、少なくとも5年以上程度の長期に渡って継続的な需要を惹き付け続ける必要がある筈です。そうでなければコンテンツ等が伴いませんから。しかも、そのコンテンツの開発には既存より高いコストが必要になります。コンテンツの単価も自然と上がるでしょう。只でさえ斜陽のゲーム産業周りにあっては、それは到底無視し得ない事業上の負担となります。

3Dである事にそれだけの価値があるかと言えば、おそらくNoです。3Dテレビの完全な失敗と、3DSにおいて3D機能が無意味と評価され、市場からコスト転嫁が拒絶された結果大幅な値下げを強いられた例を経験した今、その点に議論の余地はありません。少なくとも価格増には値しないものと見做されている、と言い切ってよいでしょう。

主観的な大画面化と、その他の外部情報の遮断については、従来のHMD同様、それなりの価値があると言えそうです。しかし、そもそもHMD自体がニッチである現状を鑑みれば、広く一般に訴求するための理由としては如何にも不足のように見えます。ただ、PSVRのようにHMDの従来製品よりは安価になる機種については、潜在的なHMD需要を取り込む効果は期待出来るかもしれませんが、それでもモニター自体を既に保有している層が対象になる以上、その需要が補助的な範囲を超えるものとは考えづらいところです。

操作方法の違いはどうでしょうか。これは人によるでしょうけれども、指先の動作と比較すると、身振り手振りによる操作というのは確かに一線を画した臨場感を与えるものである事は間違いないだろうところです。しかし、部屋の中でそれを行うには逆に不都合の生じる場合も多々あるでしょうし、何よりもそのためのデバイス類のコストで只でさえ高いシステムの価格がさらに大きく上がる事になります。また、周りが見えない中で身振り手振りをするとなれば、ブース型のように範囲を限定しない場合、事故の危険も懸念されます。売りというよりは、むしろ利用場面に対するリスクや制約として働く面も強いのではないでしょうか。コンテンツの設計にも苦労しそうです。ある程度訴求力はあっても、本体のコストまでもを補えるものとは言えないでしょう。

しかも、デメリットは他にも色々見受けられます。眼鏡着用者の場合には従来から眼鏡の干渉や位置ズレ、視野の齟齬等の問題が以前から付き纏っています。デバイス・個人毎にカスタマイズしたレンズを装着出来るようになればある程度解決する話ではあるものの、これまた大きなコスト増や煩雑さを伴い、それでなお違和感が残る事も避けられないでしょう。関連して、長時間の使用に伴う健康面への悪影響の強さを懸念する声もそこかしこから上がっています。単純に重さも負担になりますし。

果たしてこれだけのデメリットや不安定な要素を抱えた、非常に高価格なインターフェースデバイスが、そんなに広く一般に訴求し得るものなのでしょうか。現実的には、その可能性は殆どないと言えるでしょう。

それどころか、ゲーム機等のプラットフォームとして売りだされる点を考えれば、マニアですら十分にコンテンツが出揃うまでは買わないと判断する人が多数を占める可能性は低くないように思われます。では、そのコンテンツは十分に供給され得るのか。PSVRについては、現時点で有力各社がローンチタイトルを投入予定との事ですが、その中でデバイスの販売を牽引するような、すなわちVR専用のタイトルは、おそらくほんの一部に過ぎないでしょう。只でさえ開発費用が余計にかかるVR向け専用では単純に採算が合わないのですから。プラットフォームとして十分普及するまでは、否、普及した後でも、大半のタイトルは従来通りの2Dとのマルチリリースになるものと予想されます。VRデバイスが無くとも、個々のコンテンツを楽しむ事が出来ないという事はおそらく殆どないでしょうし、なおさらデバイスの購入動機は小さくなるとも言えるでしょう。

結局のところ、今売りだされている、売りだされようとしているVRデバイスは、コンテンツや機能の助けもなく、"没入型VRである"その一点のみを売りにして、数倍の価格差を埋め、遥かに普及し、エコシステムを確立している従来のゲーム機市場からシェアを獲得しなければならないわけです。

こう考えると、如何にも無謀な試みに見えてしまうのです。価格が$200位だったら話は全然違ったんでしょうけれども。

そんな無謀が、予想を覆して通るのか。非常な現実の前にあえなく散るのか。成否はともかく、久しぶりの新製品群のチャレンジという事で、外野として適当に楽しませてもらおうかな、と思う次第なのでした。私?買うわけないじゃないですか。

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3/10/2016

[biz law] 行政・司法の技術への無知による結果的詭弁及び強権行使が洒落になってない

主にAppleに対する米当局からのiPhoneセキュリティ解除要求とその拒否に関する一連の件についてなんですけれども。膠着状態に入ったようで、話題としては少し時期外れな気がしなくもありませんが、逆に整理するにはいいのかな、と個人的な考えをメモがてらまとめてみました。・・・とつらつらと書いてたら長くなってしまいました。

本件経緯の詳細はここで述べるまでもないでしょうから省略。その概要は、FBIが事件の捜査過程で押収した容疑者のiPhoneからデータを取得しようとして、適当なバスワード入力を繰り返した結果、試行回数上限に達した時点でロックされてパスワード入力自体が出来なくなり、Appleにロックの解除を求めるも拒絶、それでも諦めず裁判所経由で命令を出すも再び拒絶され、しかしまだ諦めず、世論に訴えてAppleを非難しつつ要求を繰り返している、というものです。

平たく言えば、FBI(DOJ)からの理不尽な命令と逆ギレ的な非難に晒されるApple、という構図ですね。そもそもの前提として、本件はあくまでFBIの自己都合による捜査への協力要請であり、それに従うか否かに関係なく、Appleは何も悪くないわけです。法的な責任、問題が成立し得るのは、裁判所の命令を拒絶したという点にのみであり、それも正当事由があれば完全に合法であって、従うとしても善意に基づく任意的な協力者に位置づけられるわけです。にも関わらず加えられる強権的な圧力、次いで一般のユーザの権利の保護という正当な理由によって拒否したにも関わらず浴びせられる苛烈な非難の嵐。Appleとしては理不尽極まりないと言う他無いでしょう。

という感じの、振り返るだけでげんなりする本件ですが、その全体を見て理解した気がする問題点は、

・米国の行政・司法当局はIT関連技術について致命的に無知である
・IT関連事業者についても無知である、あるいは配慮が皆無

という点に尽きるように思うのです。ついでに、

・無関係な市民のプライバシーを含め、他者の権利はまとめてゴミ扱い

というのも挙げておくべきでしょうか。 一々指摘するまでもない気もしますが、結局のところ諸々の理不尽の原因はここに帰着するようにも思いますし。

で、客観的に見れば信じられない事ですが、兎にも角にも自分達は正義であり、その執行を妨げる者は悪である、と言うも同然の振る舞いで、FBIはCalifornia州の裁判所からロック解除命令を勝ち取ってしまったわけです。

これに対し、当然Apple側は反発しているわけですが、周知の通りFBIはそれに対し、まるで共犯者のように世間をミスリードしつつ煽り立て、非難を加えているわけです。まさしく詭弁に他ならない酷い主張なのですけれども、それでも話の中身を知らない一般人の中には、FBIの言うことだから、とそれを真に受ける向きも少なくないようで、その思惑通りにAppleを避難する声もそこかしこから聞こえてきました。見るにも聞くにも堪えません。非常に残念な事です。

Appleとしても、半社会的企業のレッテルを貼られるのは遺憾極まりない話であり、事業面での悪影響もありますから、如何に理不尽であろうとも、少々の事であれば妥協して話を終わらせたい筈ですが、実際にはそのリスクを犯しつつ強固に反発しています。無論それにはそれなりの、すなわち単なる理不尽な命令への反発というに留まらない、事業運営上の絶対に譲れない理由があるわけです。それはどういうものでしょうか。

状況を整理しましょう。法や事業面の話はさておき、まず技術的には、

・端末からのユーザデータ抽出は暗号解読と同義であり、Appleにも技術的に対応不可
・パスワード入力試行回数の制限解除は技術的には対応可能

であり、技術的には後者の試行回数制限解除のみが実行可能という事になります。しかし、試行回数の制限はOSの基盤部分であり、おそらくは暗号化方式にも組み込まれているだろうために、この部分の解除はすなわち暗号化方式そのものの変更を伴うOSの改変を必要とします。従って、その変更にはiOSの専用バージョンを開発する必要があるわけです。なお、マスターキーの導入も同様。

OSのコア部分からの改変である以上、その開発には莫大なリソース・費用が必要になる事は言うまでもありません。しかも、仮にその開発を実行したとして、それが前例となり、今後も同種の制限解除命令が発せられ、かつ義務同然に従うよう圧力が生じるだろう事も明らかです。そうすると、事実上全てのバージョンのiOSについて、制限解除版を開発し、リリースする義務が生じる事になるわけですが、これはiOSそのものにバックドアを設ける事と同義と言えます。Appleの主張する「バックドアを作る」というのはそういう事なのでしょうけれども、概ね論理的に正しい話のように思われます。

そして、常にバックドア導入バージョンが存在するようになる結果、まず間違いなく、そのバックドア導入版との差分は解析され、さほど時間を置かず一般ユーザの端末への攻撃に流用されるようになるでしょう。公的機関に秘匿出来る筈もありません。盗難にせよ意図的にせよ、テスト開発用の端末が流出するだけでも、そこから解析する事は容易なのですから。結果、全てのユーザがおよそあらゆる脅威に常に晒される状況に至るだろう事は必至なわけです。

要するに、公的機関の主張するような、「特定の、限定された者のみが、正当な目的に基づき必要な場合に限ってアクセス出来る」ような仕組みは存在し得ないのです。第三者が事後的かつ強制的にアクセス出来る仕組みが導入されれば、その仕組みは原理的に誰もが任意に利用可能になるのであって、当然に攻撃者もアクセス可能になるのです。それを任意に制限する術は現実に存在しません。しかし行政・ 司法はそれを理解せず、可能であると思い込んで、もしくは不可能と知りつつあえてなのか、ひたすらそのような仕組みの導入を求めているのです。

オバマ大統領からして率先してそう主張しているのですから、始末に負えません。そう主張するにあたって、自分はソフトウェアエンジニアではない、と言い訳をしているのがまた性質が悪い。無責任にも程があるだろうと。技術的、現実的に可能か否かも理解出来ていない事を自覚しているのですから。専門家であろうとなかろうと、責任が伴う立場から具体的な措置を伴う主張・要求をするのなら、最低限その主張の現実性の有無位は発言する前に理解しておくべきであって、それが出来ないのなら黙っているべきです。

技術的には概ね以上でしょうか。これを踏まえて、事業面への影響を推測すると、

・公機関絡みの類似案件対応が常態化し、対応部門等のリソースが必要となる
・開発費、顧客への損害賠償等対策費による損失が膨大になる
・iPhone、並びにAppleという企業自体に、公的スパイ企業としての評価が付く

ざっとそんな感じでしょうか。特に最後の、ブランド等への悪評については、顧客離れに直結しますからおそらく最も影響が大きく、かつ致命的と言えるのではないでしょうか。とりわけ、Appleのようなグローバル企業が米国のスパイと認定されれば、諸外国での販売激減も避けられないだろう結果、ともすれば企業自体の基盤を揺るがしかねないのですから。

この辺りのデメリットは、Appleに限った話ではありません。たまたま今回は端末がiPhoneだったためにAppleが矢面に立っているだけで、他の端末メーカーは無論、SNS等の情報通信を扱う業者はそのおよそ全てが同様のリスクを負っているのです。明日は我が身。だからこそ、GoogleやFacebook等も本件に関してAppleに同調しているのでしょう。

以上のように、双方の状況をちょっと整理するだけでも、現状の酷さ、危うさがよく分かるというものです。そりゃ拒否もするでしょう。逆にFBIがそれで通ると思っているのが理解し難く思えてなりません。少しは相手の都合も考えろよと思うわけですが、 権力者側が自己中心的かつ傲慢になるのは避け難い世の必然という事なのでしょうか。

ともあれ、当事者はそんな感じだろうとして。残る関係者、すなわちユーザをはじめ、一般市民の本件の捉え方や、その影響はどうなっているのか、どうなるだろうのかも軽く整理しておきましょう。

iPhoneユーザについては殆ど議論の余地もありません。Appleが命令に従えば、端末内とサーバ上問わず、およそ全てのユーザの情報は永続的に公的機関の自由な監視下に置かるためにプライバシーは失われ、かつバックドアの導入により、広く攻撃者の脅威に晒される事になります。NSAの監視が公然と、あらゆる攻撃者によって行われるようになるような感じでしょうか。悪意の犯罪者は秘匿性を強めて適応し、結果一般のユーザへの監視が強まるだけで終わるでしょう。ユーザにとって良い事など何一つありません。かろうじて米国民に限っては、公権力へ協力し貢献した気になる、という満足が得られる程度でしょう。

iPhoneユーザ以外の一般市民はどうでしょうか。これも本件から直接影響されるわけではないものの、同様の措置が他の企業へも広がるだろう結果、結局はiPhoneユーザと同様、諸々の自由は失われ、公権力に協力する事に喜びを見出す一部の人のみがささやかな満足感を感じるだけでしょう。FBIに倣って、または対抗して、他国の当局も同様の措置を実施するようになるかもしれません。ディストピアが生まれる日も遠くないかもしれませんね?

ディストピア云々は冗談としても、世の大半のネットワーク上から、通信・情報の秘密自体が事実上失われる可能性は否定し難いように思われます。それを歓迎するも拒絶するも個々人の勝手ではあろうけれども、Appleのような支配的な企業が一度それを受け入れれば、それが多くの一般人を代理した事実上の最終決定に等しい以上、安易に受け入れる事が許されない性質のものである事も議論の余地の無いだろうところです。その意味で、今回のApple、またその他のIT関連企業の判断は歓迎すべきものと言ってよいのでしょう。そういえば、さすがに状況への理解が進んだのか、NYの裁判所ではCaliforniaのそれとは逆の判断がなされました。これも歓迎したいと思います。願わくば、この流れのまま、FBIが引き下がってくれればと思うのですが、無理なんでしょうね。やれやれです。

ところで、FBIは本件命令に際して、自分たちが一方的に監視する側にあって、今後も永遠にあり続けられる、との前提に立って考えているようですが、仮に上記のように本件命令に従う措置が一般化されたならば、自分達の情報もまた、汎用の端末またはオープンな通信網を経由する限り秘匿出来なくなり、諸外国はじめ外部に筒抜けになる事も避けられなくなる、という事は理解しているんでしょうか。例外はおそらく物理的に隔離されたシステムか、軍事用の特注品位でしょうに。協力者は無論、外国や民間周りではまともに活動出来なくなるだろうし、後からWikileaks等で全て公になってもおかしくなくなるだろうわけなのですが、それはいいんですかね?さてさて。おそらくは、この辺も無知と錯誤のなせるところなのでしょう。中国政府によるスパイ活動や、中国製PC等へのバックドア仕込みを非難していたのは誰でしたっけ。バックドア導入後のApple製品はHTC製同様に調達が禁止される事になるんでしょうか?

錯誤と言えば、本件に関してFBIの主張する、「自分たちは正義であり、悪意もなく、悪用はありえない。だから信用して解除しろ」とかいう主張には失笑する他ないわけです。NSAの件からこっち、目を疑うばかりの諸々の行為が明らかになった現状でそれを真に受ける人がいると、どうして思えるのか、全く以って理解出来ません。いや、一定数いるだろうのは分かるんですが、それは単に何も考えていないだけなのだから、そもそも理解も何もなく、無意味だと思うのです。一時的に勘違いに基づいて煽動する事は出来ても、しばらくして理解が進めば、薄れる事はあっても強まる事はないだろうわけで。

何にせよ、時代の変化に付いて行けず、時代錯誤的な横暴に走り、自らの行いを省みて修正する事も出来ない組織、それが公的機関として権力を持っているというのは困ったものです。というか洒落になりません。その辺は、日本も他人事では全くないのですけれども、どうしたもんでしょうね。もっとも、米国での本件からして他人事ではないのだし、とりあえずAppleには是非とも頑張って頂けるよう願う次第なのです。

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