万事休す、といった所でしょうか。日銀の矢は既に尽き、専らそれにのみ依存していた政府もろともただ呆然と眺める他無いように見えるここ数週間の株式等金融関係各市場についてです。
現在の状況自体は周知の通りであり、今更ここで繰り返す必要はないでしょう。政府・日銀が現在の政策を実施してからこっち、上がり続けていた株式市場の価格が反転し、一ヶ月余りの間に半分程度、およそ2年近くの上昇分が巻き戻された格好になります。為替も大方の想定から大きく乖離し、輸出企業中心に決算に向けて青ざめている向きは数知れないでしょう。しかしまあ、これまでおそらくは不相応に得ていただろう利益からすればまだ何ということもない程度でしょうし、とりあえずは気にするような事でもないのでしょう。
本件を巡っては当然ながら関係無関係入り乱れて各方面が色々と騒がしいわけですが、何にせよ、今更じゃないかと思うのです。緩和と称して株式市場に公的な買い資金を闇雲に注ぎ込み始めた最初の時から、遅かれ早かれこうなる可能性が高い事も十分に認識されていたし、こうなった後で取りうる有効な手段も残されておらず、ただ巻き戻すに任せる他ないだろう事は尚更明らかだったのですから。
一連の政策の開始当初から今に至るまでに政府が行った事は、その事実上の支配下に置いた日銀はじめ公的金融機関による株・債権の価格釣り上げに他なりませんでした。文字通りに。すなわち、従来から行っていた年金等のリスク資産運用比率の大幅な増加、税率の操作やNISA等の導入による民間の買い奨励に加え、挙句の果てに日銀自ら投信の購入にまで手を出す事によって、殆ど売る事を制限あるいは禁止されたも同然の買い資金を、国を挙げて市場に注ぎ込み続けたのです。
結果、その期間内、株価は殆ど一本調子で上昇を続けていました。本来ならば株価は平均的に実体経済の成長あるいは衰退に同期するものであって、そこから外れる動きは原則としてランダムなものに留まり、中長期的には実経済の推移に連動して均衡する筈だったのにも関わらず、誘導の域を超えて際限なく人為的に操作が続けられたわけです。頻繁に介入を公言する事実上の脅迫によって市場原理の反動を抑えこんでもいました。
それによって齎された値上がりっぷりは、まさしく釣り上げとしか言いようのないものでした。為替比で見ても、2009年頃の暴落以前の高値すら超えた、価格と実体面との均衡を見出す事はおよそ不可能に見える程の不合理的なものだったわけです。もっとも、それこそが政府の目的だったのですから、市場操作自体の倫理的な是非等諸々の側面はさておき、結果だけを見れば確かに政策目標は達成しました。まさにその結果だけを求める経済界、殊に目先の利益を重視する向きからは広く強い支持も得られたし、当然に目先の事だけに左右される一般大衆の大半も同様に支持しました。従って、短期的には政府の政策的勝利であったとは言えるのでしょう。
しかし、その勝利は目先のものに過ぎない事もまた明白でした。そもそも政府はその手段を選択するにあたり、明らかに後先を考えていなかったのですから。買い支えによる価格吊り上げとその維持には、当然ながら多額の追加資金を継続的に必要とします。そしてその額は、政府と日銀と言えどもせいぜい数年の調達が限界で、それ以上の長期間に及ぶ継続は不可能なまでに莫大だったわけです。そしてその時が来たのです。
市場価格の上昇が専らその政策的な買い資金の市場への流入によって釣り上げられたものである以上、その資金流入が途切れる、もしくは減少すれば、当然本来の均衡点に戻るべく逆方向の作用が当然に生じるものです。しかも、市場の動きには政策のような配慮も何もありませんから、往々にして一気に戻ろうとする結果、バブル崩壊の一種とも言える暴落が起きるわけです。それを防ぐには、永遠に釣り上げ続ける事を可能にする方法を見出すか、でなければその終了まですなわち釣り上げの継続に必要な買い資金が尽きるまでに、釣り上げた価格に均衡する所まで実体を引き上げるか、のいずれかを成し遂げておかなければなりませんでした。
しかし、政府はそれに失敗しました。というより、目の前の成功に慢心したか、無策というよりさらに悪く、むしろ逆に、増税とそれに伴うコスト増の奨励等により需要を大幅に縮減させ、引き上げるべき均衡点を引き下げてしまっていたわけです。そんな状況で買い資金が鈍れば維持など論外、あっさり逆回転して元に戻ってしまうのも当然の結果と言うべき話です。何ら驚くに値しません。
いや、むしろ元戻りで済めばマシと言うべきでしょうか。ここ最近は中国人観光客の誘致や高級食品の輸出等を前面に出して成長の演出を図っていたようですが、経済全体比では微々たるものであって、到底全体の縮減を補えるようなものではありませんでした。また、政策を実施する前から既にイノベーションは枯渇しており、新たな経済、その循環の発生も殆ど認められませんでした。結局の所、実体は著しく縮減していたわけです。そこに増税。実際、2015年度第三四半期決算、また今年度の予想は、東芝やシャープの惨状を挙げるまでもなく惨憺たる結果になっており、さらに大幅な下落が不可避になっています。では輸出はというと、海外はむしろさらに数倍は酷い縮小の真っ只中という。。。率直に言って八方塞がりと言う他ありません。
かように全方位的に実体面での凋落が明らかである以上、買い支えが切れてそれが反映されれば、元の木阿弥どころかそれを通り越してより低い価格が付けられる事も、むしろ当然の帰結と解釈出来る状況なわけです。
それを防ぐため、直近に導入されたマイナス金利政策は明らかに悪手でした。これは余剰となっている当座預金を株式市場へ流す事で従来通りの株価吊り上げを継続する目的で行われたものだったわけです。手段は利息のマイナス化。いわば罰金を課せば、銀行は預金を引き上げ、運用利回りを求めてリスク資産へ移転するだろうと見込んだのでしょう。
ですが、そもそも安全資産とリスク資産の違いはそのような誘導に素直に従って移行出来る程相対的なものではなく、リスク資産への移転は起こりませんでした。当座預金は同種の安全資産である債権類に流れ、株等のリスク資産は逆に価値を落とした結果、むしろリスク資産からの逃避が加速する結果に終わったのです。
銀行は保有債権の価格上昇は得られたものの、継続的な安定収益源を失い、またリスク資産も大幅に目減りし、運用における根幹からの困難に直面しています。本件に関して大半の民間金融機関には小さくない有形無形の損害とそれに伴う当局に対する恨みしか残らなかったのではないでしょうか。金融機関まで敵に回して、政府と日銀はこれからどうするつもりなのか。マイナス金利が検討すらしていないと明言していた政策であった事もあり、発言に対する信用も大きく失ったのと併せ、もはや中央銀行の体を成していないようにすら見える惨状なわけです。
なお悪い事に、現時点で買い資金が減ったのは民間周りだけ、と言っても規模的にはそれが主体ではあるのですが、本来の本体であるところの日銀の政策はまだ変更すらされておらず、依然として継続的に買い支えている状態なのがまた。この中止と後始末、それに伴う反動はこれからです。途中で減損処理もあるでしょうけれども、最終的には今回大量に購入した投信等を売却し終えて初めて終わったと言えるのでしょう。その時に一体何処で均衡する事になるのでしょうね?大きく毀損したバランスシートと、それ以上に毀損した実体経済、それを反映した株価が残り、何もしない方がマシだった、に終わる可能性は決して低くはないのです。しかし資金もなく、信用もなく、協力もない、となれば、今更撤退する道も残されてはいないでしょう。進退窮まるとはこの事です。
私自身、数年前に日銀が政策の拡大を決定した際に、そんなに死に急ぐ事はないだろう、と虚しくも諦観を抱いた事が思い出されます。無論、諸々の政策は複数回の選挙によって多数に支持された結果でもあるわけで、政権に支持票を入れた国民にこそ責任がある話であるところ、元より反対であったけれども選挙を通じて封殺された側としては、それらの政府支持派に対して、心からの遺憾を禁じ得ない所なのです。可能ならばお前らだけで責任を採ってもらいたい、と、無駄な事とは知りつつ思うのを止められません。悲しい事です。
[過去記事 [pol] 追加緩和決定、無謀の果てに浮かび上がる破滅]