7/29/2016

[biz] ソフトバンクのARM買収は外国人の不動産投資と同じようなものか

softbankによる衝撃の英ARM買収発表からしばらく経ちましたが、未だにその余波は続いている、というか多くの人が今ひとつ理解出来ずにどう捉えていいものか、今以って戸惑っていると言うべきでしょうか。何にせよ影響は治まっておらず、何ともお騒がせな事です。

話の大前提として、ARMは純然たるデバイスアーキテクチャの設計のみを行う開発会社であり、softbankの事業には直接の関係は一切ないわけです。組み込みはじめ、ゲーム機やスマホ等の携帯機器も含め、所謂IoT関連のデバイスのほぼ全てに独占的なシェアを持つ同社のアーキテクチャの持つ価値、またそれを背景にした同社の極めて高い純利益率からすれば、その3兆円を超えるとされる買収額も高すぎるとは言えない事は間違いありませんが、下手をしなくても会社が傾きかねない額である事もまた事実です。事業規模が売上高にして年1000億のオーダーでしかない以上、いくら利益率が高くともそこから得られる現実の収益は年数百億の規模が限界であり、また今は低金利による資金調達が可能だと言っても、特に付加価値の発生がなく、現状維持のままという事であれば差し引きして債務超過に陥るリスクも決して小さくはないところでしょう。

となれば、本来ならば当然に今後のARMの設計事業の成長を見込まなければ成立し得ない買収の筈なのですけれども、周知の通りARMはその事業分野において既に独占的なシェアを有しており、スマホやタブレットの需要も頭打ちになりつつある現状、新規かつ大口の出口が生まれない限り、飛躍的な成長は見込みづらい状況にあるわけです。

その成長のアテとしてsoftbankはIoT分野の成長を挙げたのですけれども、そのIoT自体、現時点というかここ数年、数百兆円の市場に成長するとは各所で散々主張され、その先行きが話題になってはいるものの、一向に具体的な形にならず、buzzwordに留まり続けているものなわけで。正直眉唾と言わざるを得ないのですね。どうにも、IoTが成長するという主張自体、その筋の受け売りのように感じられてなりません。

実際のところ、その成長を見込むにあたって、おそらくは自動運転車やドローン等のロボット類の普及、それによるインフラ回りのIT化等を念頭に置いているのだろうとは思うのですが、それらにしたところで、個別に見ればそれぞれに一般に普及するには致命的とも言うべき障害が多々あり、ドローンに至っては一般向けに規模を拡大する前に早くもブームが去りつつあるのが現状なのであって。

現状、ARM関連でそれなり以上の規模での持続性が期待し得る分野は、以前とさほど変わらず、やはりスマホ等の携帯デバイスが中心になるものと考えざるを得ないのです。であれば、ライセンス収入は安定的かつ継続的に得られる反面、飛躍的な成長は望むべくもない事になります。

その点、あまりにも事業上の接点の薄いというかほぼ皆無なsoftbankでは、それを補うような提案、協業関係の構築を期待する事は出来ません。結局の所、資本関係はあるけれども、事業上の関係は極めて薄いまま、両者の事業はほぼ完全に独立した関係とならざるを得ない筈なのです。従って、通常事業買収に期待されるような事業の成長は期待出来ないところとなるでしょう。

勿論、それなりの時間が経過した後、例えば10年もすれば、その間に現時点で形になっていない新事業が発生し、それによってIoT分野が飛躍を遂げる可能性はあり、その場合にARMがその高いシェアから価値を増大させるだろう事には、疑いを差し入れる余地は乏しいところです。しかし、softbankの事業形態、特に巨額の負債を負って投資をし、キャピタルゲインの形で回収を繰り返す手法上、そこまで長期間、兆単位の資金を単にベットし続けるだけ、というのはいささか不自然と言わざるを得ませんし、まず市場もそこまで待ってはくれず、長くとも二年単位位で期待に見合うだけの目に見える成果が要求される事になるでしょう。が、それだけの成果を得られるだろう具体的な見込みについては、抽象的で曖昧な発言を繰り返すばかりで、未だに何らの説明もなされていません。

この点、色々言い訳染みた主張を繰り返してはいるけれども、結局のところ、softbankとしては現実の事業上のメリットはあまり考慮しておらず、単に目先の投資先として有望であり、英pound及びEuroが暴落してドル・円建てで見れば数割程度割安になったこの時期に、ほぼ純粋に資金の投資先として手頃に思われたから買った、というだけなのかな、と考えざるを得ないのです。特定の通貨が暴落した時に、目先の割安感から外国人がその発行国の不動産を買い漁るのと同じような事なのだろうと。

買収発表から数週間が経過した今でもsoftbankがARMの事業を巡って具体的な施策等は一切公表せず、疑問の声に対しては、やはり何らの説明もせずに"分かる人には分かる"的な無意味かつ逆ギレ的返答を繰り返し続ける、というのを見るにつけ、やはりそうなのかと、残念に思いつつ確信せざるを得ないわけです。

しかしsoftbankも大変ですね。その自転車操業的な運営手法は、それこそリスクの塊のような危険なものばかりであって、ここまで成功を収めた事にむしろ驚嘆せざるを得ない程のものなわけですが、ここ数年はAlibaba関連を除いて殆ど成功しておらず、米Sprintの明らかな失敗と国内市場の縮小に直面して、実際はあまり余裕はないんだろうと思われるところです。その"次の行き先"をなんとか作り出さなければ即死してしまう恐怖、またそれに常に追い立てられる状況により当事者にかかるストレスは尋常ではないでしょう。本件の賭けはその規模から絶対に失敗は許されない部類のものになってしまったわけですが、成功して生き延びるのか、それともあえなく裏目に出て終了してしまうのか。他人事として、余波も及ばない位に離れたところから観察させてもらおうと思うわけです。